2018年10月11日

30代女性 主人のギャンブル依存

 私の主人は、ギャンブル依存でした。

 毎月まともにお給料を頂いた事はなく、結婚して子供が生まれても、常にその日暮らしの生活でした。誰に相談しても主人を悪く言うだけで、何の解決にもなりません。そして、誰にも相談できなくなり、主人にお金を使われるたびに、とにかく主人を責め「いつ、見切りをつけようか」と、そればかり考えていました。
 
スタッフさんに初めてお会いした時に、主人の事を相談したところ、スタッフさんからは「そんなの治るよ。大丈夫だよ」と言っていただき、とても驚き、感激しました。
 ご相談させてもらうようになって気がついたのですが、考えてみれば、いつも困るのは、やっている本人より私なのです。何度も何度もスタッフさんに話を聞いてもらい、アドバイスを頂くうちに、お金を使われても、主人を怒鳴ったりする事が我慢できるようになりました。そうすると不思議な事に、だんだん主人が使うお金も少なくなってきたのです。
 こちらでご相談させて頂いているのは私だけですが、今では、主人があんなに好きだったギャンブルを「やりたい」と思わない時もあるそうです。そうは言っても、急に衝動に駆られてしまう時もあり、これがスタッフさんの言われる「いいスイッチのON・OFF」という事なのかな、と気付かせてもらいました。
 
 私たち夫婦には、6人もの子供を頂いています。スタッフさんからお話を聞かせて頂いた時に「父親と母親の役割は違う」というお話を頂き、それを聞いた瞬間に「そうか!」と、心に落ちたものがありました。それまでは、私からすれば「二人の子供なんだから、当然お父さんも育児に関わってくれるべきでしょう。何で私ばかりが、子供の事で当たり前のように、何でもやらなきゃいけないの?」という気持ちがあり、ストレスになっていました。
 それが「父親は父親、母親は母親なのだから、普段は迷いなく私がやらせてもらって、『いざ』という時に、お父さんに出てきてもらえばいいんだ」と、今までのモヤモヤしたものが吹っ切れたのです。
 心が軽くなった事で、「家の中に父親の存在感が必要である」という事が、すんなりと納得でき、まず子供たちには「お父さんが一番、お父さんってすごいね」という感覚になってもらえるよう、言葉にして伝えていきました。
 当時、主人と長女との関係が、私からすると心配なところがありました。年長の長女に対し、なぜだか主人は他の子よりも厳しくしつけているように思えて「大丈夫かな・・・」と気になっていたのです。
 それが、家の中を「お父さん一番」に切り替えていったところ、主人の長女に対する接し方が変わっていき、だんだんと解消されました。子供たちはみんなお父さんが大好きで、今では子供達の間で、お父さんは車や虎よりも足が速い事になっています(笑)そんな素直な子供達を見ると「男の人が父親になるには、奥さんのやり方次第なのだ」と、主人に対する、私の気の持ちようも変えさせてもらいました。
 
 主人が家にいる時は、主人に対して「もっとこうしてほしい。これくらい手伝ってほしい」と思ってばかりいました。帰ってくれば、ずっと座りっ放しで、自分の趣味に夢中になっている姿に不満を持っていて、その事を御相談しました。アドバイスを頂いた時は何となく「そうか」と思えますが、家に帰って主人のいつもの姿を見ればイライラして、何度も御相談をし、そのたびにお話を頂きました。
 次第に、主人が家に帰ってきてくれる事がありがたく「家の中では好きなように、ゆっくりとくつろいでもらいたい」と思えるようにまでなり、私の不満は激減したのです。今では夕飯やお風呂の時間も、主人のタイミングを伺い、子供たちもそれに合わせられるようになりました。
 主人も、自分が少しずつ良くなっている事を感じているようで、先日は本当にありがたい事に、主人がもらったお給料を勝手に自分で一円も使う事なく、全額持ち帰ってきてくれたのです。ますます私も努力し続けなければいけないと思わせていただきます。
 今では、自分の家の事ではなく、家族の仲がうまくいっていない親戚のご相談をさせてもらったり、自分に余裕が出て来ました。いろいろと良い方向に向かっていけるのが、本当に感謝です。私も周りの方に心をかけ、主人に愛情をたくさん送り続けたいと思わせていただきます。
 私のように、主人のことでどうしたらいいかわからず一人で悩んでいる方は、ぜひ相談すると良いと思います。必ず良い方向に変わって行きます。


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posted by 相談員 at 21:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20代女性 大学の試験と大会が重なってしまった

 私は、小さい頃からバトンスクールに通い、現在、幼児から中学生までの子どもの、バトンの指導をしています。
 
 毎年夏休みにバトンの大会があり、私は欠かさず行かせてもらっていました。毎年、大会は7月の終わりから8月の始めくらいまでの期間にあるのですが、今年は初日に、大学の試験が重なってしまったのです。学校の先生に「バトンの大会があるので・・・」と言ったら、初めは「何それ?」と、無理そうな反応をされてしまいした。
 しかし「小さい子供たちを連れて行くので、テストを他の日にズラしてもらえませんか?」と言ったら「じゃあ、あなたが帰って来た次の日にしようか」と、テストの日にちを変更してもらえたのです。
 
 そのおかげで、大会に参加することができました。大会から帰ってきた翌日、大学にテストを受けに行くと、なんとクラス全員が、日にちが変更になっていたのです。「そんな事ってあるのか」と、ビックリしました。私は、小さいころから、両親といっしょにこちらに来て、お話を聞かせて頂いていて、何かあればご相談をさせて頂いていました。
 私も、色々なアドバイスを教えて頂き、いい順序がつくようになりました。今回のことも、こちらのスタッフさんからのアドバイスのお陰で、先生や周りの方に、合わせてもらえる順序を頂いたのかなと思わせて頂きました。ありがとうございました。
 学校の事や仕事のことで思うようにならないことがありましたら、ぜひ相談に来て、お話を聞いて行くと良いと思います。

                        
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2018年09月24日

中学生男子 高校受験

 僕は、小さい頃から母親に連れられてこちらに来て、よくわからないながらも一緒に話を伺っていて、今年から高校生になりました。去年、中学3年の夏から秋にかけて、周囲の友達はみんな受験に向けて切り換え始め、10月下旬には完全に受験モードになっていました。

 しかし、僕はまだまだ勉強に身が入らず、塾では先生に怒られる事が多くなり、ただ時間が過ぎていくだけでした。12月中旬の願書提出の時に、一緒に提出する成績が発表されました。
 いつもより「4」が3つも増えていたのでビックリしました。学校の先生から「内申が上がっている人は、ほぼ0」と言われていたので、余計にビックリしました。ですが、この頃も勉強を全くしていませんでした。
 年が明け、3学期が始まり「さすがにヤバイ」と思い、塾の時間を1日2〜3時間に増やし、勉強するようになりました。学校の先生には「相当勉強しなといけないよ」と言われている中、願書提出の3日前に志望校を変更する決断をしました。しかもレベルを落としたのではなく、ランクを上げる方に変更したのです。受験日の2週間前にやっと家でも勉強するようになりました。受験前にも休まず、欠かさずこちらで話を伺いに行っていました。

 いよいよ受験日を迎え、自分の中では自信のない結果だったと思います。そして合格発表の日、母と一緒に結果を見に行きました。こんなにもギリギリまで勉強もせず、自分のレベルよりもランクを上げたのに、合格したのです。学校と塾の先生に報告に行った時、どちらの先生も本当に驚いていました。
 小さい頃から母に連れられて一緒にお話を伺っていたおかげと、スタッフの皆さんの暖かい応援のおかげだと思わせてもらいました。これからは、親やお世話になった人たちに少しずつでも恩返していけるように、頑張りたいと思います。

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ラベル:中学生 受験
posted by 相談員 at 22:51| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

30代男性 父が腸閉塞

 祖母から「お父さんが救急車で運ばれた」という電話がありました。驚いて急いで病院にかけつけたところ、父は治療室にはいっており、医者から病名を聞きました。腸閉塞(ちょうへいそく)でした。「このままだと命にも関わってくる危険な状況」と言われました。
 父は以前腹部の手術をしたところに穴があき、その穴に腸が入ってしまい詰まっているという状態でした。「命に関わるので、すぐに手術」という事でしたが、容態が安定したこともあり、また以前手術をしたかかりつけの病院の方が父の状態がよく分かるという事で、次の日に移る事になりました。

 スタッフさんに父の状態をお伝えしたところ「大丈夫だよ。手術しなくても大丈夫ですよ」と言っていただきました。嬉しくなり、スタッフさんから言っていただいた事を、父にも伝えました。
 また、「大丈夫」と言って頂いたので、お医者さんに言われても手術はしないようにねと父に言いました。次の日そこの病院に移り検査をしてもらい、結果を聞きにお医者さんの所にいきました。入ると父が手術着を着ていてびっくりしました。 
 お医者さんからは、父の状態を詳しく説明され「このままだと腸が壊死する」とを言われ「腸を3分の1ほど切ってから、繋げるバイパス手術をします」と言われました。
 僕はお医者さんに「手術はしないでください」と言いました。何度かそれを繰り返したところ「ちょっとお待ちください」と言われ、少ししたら病院の副院長さんがきました。今の状態を再び説明してくださり「今のお父さんに状態は危ない、だから手術しますよ」と言われました。ですが、再び「手術はしないです」と言いました。副医院長もさすがに怒り「なぜですか?」と問われました。「信頼している方から言っていただいたので」と伝えましたが「手術しないなら、病院においておけない」と言われました。
 僕も困りましたが、このままでもどうしようもないので、違う病院を探す事になりました。父も状態が悪化したらとても危ないという状態で、悠長にしていられないという緊張感のなか、どんどん時間が過ぎ、ついには夜の11時になり副医院長から「明野さんの事はよく知っているんだよ、明野さんを死なせたくないんだよ、なんで手術をしないんだよ」と頭を抱えて反対をしている僕に訴えてくれました。
 こんなに偉いお医者さんにそこまで言われたら言葉が返せませんでしたが、そこで管をたくさん付け横になっていた父が「いつもお世話になっているスタッフさんが、大丈夫と言っているんだろ。帰るぞ」と自宅に帰る事になりました。
 自宅に戻る道中から翌朝までは本当に不安でした。翌朝、近くにある大学病院で見てくれる事になりました。がそこでも「なんで前の病院じゃだめなのか」と問答になり、ベッドの空きもないので、「副医院長には僕から伝えるから、前の病院に戻りなさい」と戻ることになりました。スタッフさんにはその都度、状況を伝えさせてもらっていました。
「かかりつけの病院で診てもらってください」と言っていただき、すぐに戻り、副医院長さんに謝りました。「こっちにまかせるんですね。もう口出ししないで下さいよ。状況は悪化していますよ。検査するから待っていてください」と怒られました。
 

 結局、それから数日後に手術をすることになり、副医院長から手術説明を受けて驚きました。手術の内容は、以前手術した所の穴を塞ぐだけのものでした。腸閉塞は、なぜか治っていたのです!
 もし、お医者さんの言われるまま手術を進めていたら、今頃、父は腸が3分の1無くなっていました。ですが、スタッフさんのアドバイス通りに進めていったら、ただ穴を塞ぐだけで済んだのです。
 後日、スタッフさんにお礼に伺いましたら、にこにこと笑われて「だから大丈夫って言ったでしょ」と言われました。何故、手術しなくても大丈夫だと分かられたのか、本当に凄いと思いました。
 ここで、相談をして、お話を聞いて行くと、不思議と思いもよらない良い結果が得られます。些細な事でも気になることがありましたら是非お話を聞くと良いと思います。

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ラベル:手術 腸閉塞
posted by 相談員 at 22:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月13日

50代女性 長男が頼りない 体の不調

 私がこちらでご相談をさせて頂くようになって、間もなくの事です。

あるスタッフさんのお話を聞かせて頂いた時、感動するという事をしばらく忘れてしまっていた私の心に、熱い衝撃が走りました。「座右の銘」などで、今まで多くの人々の言葉を聞いたり本を読んだりして、感銘を受けた事はありましたが「このお言葉こそ、真に求めていた言葉だ」と、その時に確信しました。

「人に対して誠実に」と、努力はしてきたつもりでしたけれども、こちらでご相談させて頂くようになり「いまだ独身の息子と娘の運命を作り上げたのは、私自身であった」と、痛感しております。

 ご相談した事が思いがけない結果になり、私だけでなく息子も驚いていた事があります。ペーパードライバーの息子が、関西在住であった私の弟の車を譲り受ける事になり、私たちの住む神奈川県まで移動させる事になりました。

 甥が「車を移動させるのを手伝う」と言ってくれていましたのに「急に都合が悪くなった」と断ってきたのです。ほとんど運転経験のない息子に、一人で関西から移動させるのは危険ですので、業者に依頼するつもりでしたが、こちらでご相談したのです。

 そうしたら、ご相談して間もなく、甥から「急な事だけど、行ける事になったから、息子をこちらへ来させてほしい。運転を教えながら、そちらへ移動させるから」と電話がありました。「ありがとう」の言葉しかありませんでした。

 息子に「先方は忙しいのに、また頼んだの?」と聞きましたら「そんな事はしていない」との返事です。ご相談させて頂いて、気がついたら良い方向に向かっていて、本当に良かったと思いました。

 その後、息子は、運転歴も丸一年が過ぎ、私の用事で遠いお宅へ伺う時や、荷物が多い時などは、車で送ってくれるのです。お伺いするお宅の方々も、息子に親しくお話をしてくださいます。また、車での移動中は私との会話も増えて、大切な潤滑油となっております。

そして、私が息子の事で何より嬉しかったのは、それからの二年間、しっかりとマンションの理事役員を務めてくれた事です。

それまでは息子は、理事会に出た事はあっても、終了間際に顔を出す程度でした。それが、二年間本当に精勤してくれました。息子が自分の事だけでなく、以前と違って人に協力するという姿が見られるようになった事が、私にはとてもありがたく、これも私がお話を聞かせていただくようになってからの変化でした。

その後も、妹の引っ越しの手伝いや、引っ越してからの後始末を進んでやってくれたり、様々な雑事を一切引き受けてくれ、大変助かりました。

 また別の話になりますが、ある年の11月頃、どうした事か、左足のくるぶしから指先まで腫れて、鈍い痛みで足を引きずりながらお話を伺いに行っておりました。これが一週間は続いたでしょうか。ある時、スタッフさんから足は大丈夫ですかと声をかけて頂き、いろいろと相談にのって頂きました。

 それから徐々に腫れが引き始め、その後一年近くになりますが、歩行時の痛みと違和感は全くなく、普通に歩く事ができるようになりました。自分で荷物を持って歩ける事が嬉しくて、感謝の気持ちでいっぱいです。

 今度は左目の上まぶたに、小さなイボができ始め、少しずつ大きくなりました。皮膚科に通院をしておりましたが、意外に日数がかかり、私は「皮膚科へ行けば、すぐに取れる」と思っていたので、少々うんざりしていました。

ある晩、何気なく顔を洗ってイボを触っておりましたら、痛みも何もなく本当に落ちるという感じで取れたのです。「目の上のたんこぶ」ではありませんが、わずらわしくて仕方のなかったイボが、急に取れたのでとても嬉しくなり、大急ぎでこの朗報を近所に住んでいるスタッフさんにお伝えしました。

 すると、スタッフさんも大変驚いて「ええっ!!今日、先輩スタッフさんに、あなたのイボの事を相談していたのよ!」との事でした。先輩スタッフさんと話してくださった日にイボが落ちるとは、これも不思議な一致です。

そして、もう一つ「こんな事って、あるのかしら?」と思う事がありました。

 ある年の夏、左の肩から脇腹にかけて軽い痛みがあり、様子を見ていました。けれども、日増しにだんだんひどくなり、ソファーから立ち上がる時や軽い咳をした時なども痛くようになりました。

いよいよおかしくなってきた様子を、スタッフさんが心配してくださり「一度病院へ行ってください」と言ってくださいましたが、病院へ行こうとした時には休診日でした。仕方なく、月曜の朝一番に診察を受けるつもりで、その日は休みました。

 翌朝、出かける準備のため、いつもより少し早い時間に起き、洗面をしている時に気が付きました。「あれ?痛くない」と思ったのです。普通にいつもの事ができていました。「忘れ物がないように」と、支度に気を取られていたので、すぐには気が付きませんでしたが、痛くないため当たり前のように体のいろいろの所が動けていました。

 本当に驚きました。私の身辺には、去年から今年一年いろいろとありましたが、そのたびにご相談をさせていただき、すべて願ってもない良い方向へと解決いたしました。感謝の気持ちでいっぱいです。

 こちらでご相談させて頂くようになって、たくさんのアドバイスを頂けるようになった事は、私にとって本当に幸運です。何かあった時には、その都度アドバイスを頂いて、長年の間に凝り固まった心を「こうやって考えた方がいいですよ」と言って頂いた事を自分にしっかりと取り入れて、それをきちんと実践するまで続けないと、すぐにそのメッキは剥がれてしまいます。

 自分の持っている価値観や、身についている感覚で今までやってきた結果が、何故か困った事柄を起こしてきているのだから、これからは違う価値観や感覚をアドバイスして頂いて、いろんな物事に取り組ませて頂こうと思います。そうする事で、今までとは違った結果を得られるのだと思うのです。

 こちらでお話を伺えなかったら、一生気付けずにいたでしょう。私はこのままではいけない、大きく軌道修正をしなければならないと、実感させていただいております。日常生活の中で迷っている事、方法が見つからない時にこちらに御相談をさせていただくと、必ず親身になってのってくださいます。

 私のように、これでいいはずなのに、何故かうまくいかないという事で困っている人がいたら、何か違う角度から物事を見られる人に、目から鱗がおちるようなアドバイスを頂いてほしいです。きっと、良かったと思える結果がもらえると思います。


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posted by 相談員 at 21:35| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

30代男性 借金 自己破産の相談



 私は、サラ金に借金をしてしまい、弁護士に自己破産の相談をしていました。手続きを頼んだら、手数料が50万円必要、と言われたので支払いましたが、全然手続きをしてもらえず困っていました。

 ちょうどその頃、こちらのスタッフさんと出会い、御相談をさせていただいたところ「自分で手続きするといいですよ」というお言葉を頂きました。「もうお金を支払ってあるのでどうしようか」と思いましたが、スタッフさんのお言葉通り、自分で自己破産をするために、裁判所や公共の無料弁護士の所へ、手続きをするために通いました。通っているうちに、自分には、性格的に面倒な事から現実逃避する癖がある事が分かりました。

 そして、スタッフさんは、自分のこの癖を変えていかないと駄目だ、という事を教えたかったのだ、と気付かせていただきました。後日、私はスタッフさんにお礼を言わせていただきました。それと同時に、お金を支払ってあった弁護士から連絡があり、すんなりと自己破産の手続きをしてくれました。スタッフさんのお陰で、自分の気癖を教えていただき、また、借金苦からも救っていただきました。ありがとうございました。

 日常生活の中で迷っている事、方法が見つからない時には、是非こちらで相談をしてください。自分では気がつかない原因、そして解決の道筋を教えてくれます。

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2018年07月16日

40代男性 事業の独立の相談 取引先の倒産

 私は、仕事の事をこちらでご相談させていただき、最終的に自分で仕事を始めたらどうでしょうか、と言っていただきました。自分ではなかなか踏ん切りがつきませんでしたが、スタッフさんに言っていただき決心して、建築関係の仕事を立ち上げました。色々苦労はありますが、いつもなんとかなってしまうのは、何かある前にこちらにご相談をさせていただいているからだなと感じています。

 ある年の年末の出来事です。取引先より電話があり、倒産の知らせが入りました。その業者さんメインで資財を調達していましたが、倒産したため現金で資財を調達せねばならなくなりました。

 ところが翌日、別の業者さんより電話があり、後払いで取引ができるように相手の方がしてくれました。通常個人では対応しないところを、先方の担当の方が会社にかけあってくれて、そのようにしてくれたのです。常々ご相談させていただいて危険回避をさせて頂いていたお陰なのか、本当に仕事に困るという事が起きてきません。

 私一人では、独立をしてここまで発展する、という事はできなかったと思います。これからも色々とご相談させて頂いていこうと思っています。


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30代女性 子育ての相談 肺に影がある

 初めてこちらでご相談させていただきましたのは、御近所のスタッフさんのお宅でした。そちらにみえていた先輩スタッフさんが、4人のお子様の子育てを通して、夫婦としての正しいあり方のお話をしてくださいました。その中で、夫婦の夜の営みの大切さ、また「女性が一方的にご主人の事を拒否すると、婦人の病になりますよ」など、いろいろと教えていただきました。

 その後、私は市の健診で撮ったレントゲンで「肺に影があるために再検査」という結果をもらいました。すぐに病院に行きましてCTを撮りましたら、市の健診で言われた箇所とは違う肺の部位に、6ミリの影が見つかったのです。
医師からは「経過を観察してもいいけど、すぐに手術する事もできます」などと言われてしまい、肺の病という、本当に思いもせぬ事に驚き、不安でいても立ってもいられなくなりました。

その時、スタッフさんのお話を思い出し「肺を患うという事に、何か意味があるのだろうか?」と、もう一度お会いしたいという思いで、最初に声をかけてくださったスタッフさんに連絡を取りました。その方が段取りをしてくださり、すぐにあの時の先輩スタッフさんにもう一度お会いする事ができたのです。

お会いしてお話をしていた時に「大丈夫ですよ」と、温かい言葉をかけて頂き、肺の影の所をなでるように背中をさすってくださいました。私の事心配してくれているのだと思うと、本当にありがたく思いました。
それから、落ち込んでいる私のため、に一つ一つ、分かりやすく、噛(か)み砕きながらお話しくださる心に触れ、とても感動して、自然に涙が溢(あふ)れてきました。それでも、その時は、おっしゃってくださった意味がよく分かりませんでした。

後から聞けば「肺の病気というのは、レントゲンで映るような影があったら、その時点でもう手遅れに近いよ」と教えていただきました。健診のレントゲン撮影がきっかけでCTを撮った事により、本来なら非常に見つけづらい影が見つかったのです。スタッフさんからも「よく見つかったね」と言って頂きました。そして「影は消えますよ」と言って頂いたのが、本当に励みになりました。

それからは、自分のできる範囲で申し訳ないのですが、若いママさんがご相談に来られた時に、お子さんの面倒を見させてもらったり、自分の出来る範囲で色々とお手伝いさせていただきました。

その後、半年ごとに検査をしていき、3年目に入る頃、CTを撮っても「影はありません。心配はいりませんよ」という診断を頂いたのです。本当に影は消えてしまったのです。
良い意味で、まったく思ってもみない結果を頂きました。

 私1人で病気を抱えていたら、きっとその事実に重過ぎて潰れていたかもしれません。何かあるごとにご相談させてもらう私を、めんどうな顔をせずに聞いてくださり「ああしたらいい、こうしてみたらどうか」とアドバイスを頂けたのは、本当に私の支えになりました。

 もし1人で悩んでいる方がいたら、ぜひご相談してみてください。話すだけでも気持ちが楽になりますし、必ず何かのアドバイスがもらえるので、それをやってみるといいと思います。最後に「良かった」という結果を得られると思いますよ。


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2018年06月20日

50代女性 首、肩の痛み 肝臓の数値の異常

 前年の夏から、職場のエアコンの風が後ろから肩に当たり、冷えからか、肩や首が痛くなって、だんだん首が動かなくなりました。

 おかしいなと思っていたら、その内にもっと痛みがひどくなって、首を真っ直ぐにしていられず(頭を支える事が出来なくなってきた)首が傾いたままになってしまいました。家に帰ると横にならずにはいられない、横になったら起き上がれないほどの痛みになりました。

 知人からペインクリニックを勧められ、その時に血液検査をしたら、肝臓の数値が異常でした。医者から「以前から肝臓を患っているのか?」と聞かれましたが、それまではいつも正常値で問題なかったので「たまたまそうなったのか」くらいに軽く考えていました。

 その後、治療を続けていくと1か月ごとに血液検査があり、その度に肝臓の数値はどんどん悪化して、数か月後には明らかに病気だというまでになりました。その頃は確かに、疲れとだるさで「仕事と家事がやっと出来るか」くらいの状態でした。「これは尋常ではない」と思い、スタッフさんにお伝えさせていただきました。

 まず「どんな病院に行っているのか」と御心配くださり「もっと大きい病院で診てもらうといいですよ」とアドバイスをくださいました。その直後に、現在かかっている病院での肝臓の検査結果が出ました。すると、あれ程異常だった数値が正常に戻っていました。担当医も「何がどうなったのか分からない」と、首を傾(かし)げていました。

 結果的には何もしないでも、体はよくなりました。私は「本当だったら体がどうなっていたかわからないところを、何事もなく済ませて頂いたのだから、人のために役に立てるような生き方をしなければ」と思うようになりました。
本当に良かったと思います。


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posted by 相談員 at 15:24| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

40代男性 職場を転籍 上司に裏切られる

 私は数年前に、20年勤めていたA会社から転籍になりました。
 最初、転籍はない、と言われていたのですが、突然辞令が出たのです。周りからは「ありえない」と言われ、同僚からは「青天の霹靂(へきれき)だ」とまで言われました。

 しかし、A会社には、私が信頼していた専務がいて、その専務は「転籍をしても面倒をみる。戻す事はできる」と、何回も言ってくれました。その専務は、今までにウソをついた事がなく、何年も前に約束した事も守るような人でした。ですから、その専務を信じて、転籍先のB会社で働く事を決めました。

 B会社での仕事はつまらなく、やりがいもありませんでした。人間関係も悪く「辞めたい」という気持ちばかりでしたが、専務の「戻す事はできる」という言葉を信じて「1年後には戻れる」と思って、我慢して働いていました。しかし、1年後「戻れない」と言われ「田舎があるし、田舎で働いても良いんじゃない?」とまで言われたのです。信じていた専務に、完全に裏切られたのです。
私は、昨年の8月にB会社を辞めました。

 そして、次の仕事を探す事になるのですが、正直、仕事をしたくありませんでした。この不景気に加えて45歳という年齢もあり、再就職が厳しいという事は自分でも分かっていました。仕事をするような気分にもなれなかったので「田舎に帰ろうかな」という気持ちが強くなりました。

 家内が「こちらのスタッフさんに、ご相談させていただこうよ」と言ってくれた事もあり、ご相談に行きました。スタッフさんから「A会社で上司だった専務の家に、菓子折りを持って訪ねて行って『自分のどこが駄目だったか』を聞いてきてください。そこが急所だよ」とアドバイスを頂きました。

 そうは言って頂きましたが、私はその専務に対して「裏切られた」という思いが強く、むしろ「殺してやりたい」と思っていたくらいです。その「殺してやりたい」と思うくらい憎い専務の家に菓子折りを持って行き、頭を下げて自分の駄目だった所を聞いてくるなど、とてもできる事ではありませんでした。

 しかし、せっかく頂いたアドバイスだという事と、家内からも「そう言ってもらったんだから、絶対に行かせてもらった方が良いよ」と言われ、家内と一緒に行かせていただきました。

 専務と1時間ほど話をさせていただきました。勤務していたときの、専務の私に対しての評価を、全て教えてもらう事ができました。本当に細かいところまで、私の欠点を指摘してくれました。とてもショックでした。専務が私を裏切ったと思っていましたが、私が、上司、同僚からの期待や信頼を裏切るようなことをしていたことに気がつきました。今では「本人を前にして言いづらかっただろうけれど、よく言ってくれたなあ」と思います。

 スタッフさんにご相談をしていただいた時に「前に僕が言った事に対して、言う事を聞かず適当にやっていたでしょ」と言われました。確かに、その通りだったのです。
「しっかりやってくれるだろう」と思われていたスタッフさんを、言うなれば私は裏切っていたのです。また、自分を振り返ってみると、私は人を裏切ってきた過去があり、残念な思いをかけているのです。それを考えた時に「恐ろしい」と思いました。

 いろいろと求人情報を見ていた時に、気になった会社がありました。家内も同じようにその会社が気になったようで、スタッフさんにご相談をさせていただきました。「良いですね」と言って頂きまして、履歴書を送らせていただきました。

 少ししたら「職歴を、もっと詳しく教えてください」と言われ、FAXで送らせてもらいました。すると「もっと詳しく教えてください」という連絡がありました。面接日が決まり、面接に行かせてもらった時に、その会社の仕事についていろいろ説明をしてくださり、担当者から「いつから来られますか?」と、思いがけない言葉を頂きました。

 現在は、その会社で働いています。45歳での転職ですから、大変な事も多々あります。同業種ではありますが、以前の会社より大きな仕事なので、勉強する事もたくさんあります。今では「辛かったB会社での1年があったから良かった」と思えます。また、転職をするに当たり、家内にも迷惑をかけましたが、理解をしてくれて協力をしてくれた事に感謝をしています。こういう風に思えるのも、こちらでお話を伺っているおかげだと思います。

結果として、自分を見つめ直す時間が取れ、自分勝手に通ってきた自分を、反省させてもらいました。こちらでアドバイスを頂いたお陰で、良い会社に入れていただく為の自分を造る機会がいただけたのかなと、いい方向に思う事ができました。本当にありがとうございました。


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ラベル:転職 裏切り
posted by 相談員 at 15:19| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする